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スティーブ・ジョブズの波乱万丈な人生を漫画イラストで解説【第1回 誕生からApple1まで】

ジョブズの波乱万丈な人生を漫画イラストで分かりやすく!【第1回 誕生からApple1まで】アイキャッチです
スティーブ・ジョブズ マンガ1コマ目 スティーブ・ジョブズ マンガ2コマ目 スティーブ・ジョブズ マンガ4コマ目 スティーブ・ジョブズ マンガ4コマ目

こんにちは!偉人ハックブロガーのカズせん(@kazusen5)です。

今回は、

  • スティーブ・ジョブズの人生について知りたい
  • スティーブ・ジョブズってどんな人だったの?
  • 世界を変えたって言うけど、どう変えたの?

という悩みを解決できる記事を書きました。

要するに、WEBで読めるスティーブ・ジョブズの伝記です。

 

『現実は小説より奇なり』って言葉がありますが、ジョブズの人生はまさに小説より奇と言えるもの。

世界を変えた男スティーブ・ジョブズの人生を、漫画イラストを交えて徹底的にお伝えしていきますね。

カズせん
カズせん
長編になるので、4回に分けて連載します

ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
今回は第1回!

 

スティーブ・ジョブズの幼少期

1955年、スティーブ・ジョブズ誕生

1955年のアメリカはカリフォルニア州でスティーブ・ジョブズは誕生します。

スティーブ・ジョブズ 1955年誕生
ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
これは両親喜んだでしょ

カズせん
カズせん
いや、そうではなかったんだよ

実はこの時、ジョブズ両親はまだ大学生。結婚すらしていませんでした。

 

そんな中両親が取った決断は、ジョブズを養子に出すことだったんです。

ジョブズ 生後まもなく養子に
ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
ジョブズって養子だったのか

育ての親の父親の名はポール、母親の名はクララ。

育ての親である2人の家は、サンフランシスコ州のサンタモニカバレーにありました。

この場所こそが、現在のシリコンバレーなんですね。

カズせん
カズせん
スタートアップ企業の聖地だね

ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
幸か不幸か、育つべく場所で育った感じ

 

ジョブズが育った当時のサンタモニカバレーってどんなところ?

現在のシリコンバレーは起業家エンジニアが集まる場所として有名ですが、実はサンタモニカバレー時代からテクノロジー関係の会社がこの地には何百もありました。

NASAやヒューレッドパッカード社、ウエスティング・ハウスエレクトリック社、ロッキードミサイル社・・・。

ジョブズが育ったサンタモニカバレー

住む者みなが『自分は有名になる!』と野心に溢れていた場所。

住宅ガレージのような小さな場所から始まった会社が、どんどん大きくなっていくの目の当たりにできる場所。

ジョブズの育ったサンタモニカバレーは、そんな街でした。

 

 

いたずらっ子だったジョブズへの両親の教育

ジョブズは小さい頃からイタズラ好きで、規則やぶりの常習犯でした。

そんなジョブズに対する育ての両親の教育とは、とにかくジョブズに『あなたは特別だ』と伝えること。

理由は、ジョブズが実の両親から『自分は捨てられた子なんだ』と感じさせないためです。

ジョブズ あなたは特別 教育
ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
泣ける

育ての親の2人は、とにかくジョブズに愛情を込めて育てました。

 

特に機械工のポールは、自分の仕事場にジョブズを連れて行ったり、専用の作業台を与えて『何かを作る』ことを教え込ませたりと毎日そばにいました。

ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
小さい頃から『作る』ことが生活の一部だったんだな

カズせん
カズせん
その通り

父親のポールはモノを作る上である大切なことをジョブズに教えます。

それが『見えないところこそ丁寧に作って見栄えを良くすること』。

ジョブズ 見えないところこそ見栄え良く 父からの影響

ジョブズのプロダクトへの執念とも言える『美しさへの追求』は、父親であるポールの影響が強かったんですね。

 

 

ジョブズの幼少期(1960年代)のテクノロジー

1960年代のテクノロジーはどんなものだったのでしょうか?

 

当たり前ですけど、コンピューターはまだどこの家にもありません。

もちろんインターネットも、Googleも。

ジョブズの幼少期のテクノロジー

当時あったテクノロジーは以下▼

音楽:レコードプレーヤー

ゲーム:ボードゲームのみ

テレビ:白黒でリモコンはなし

電話:ダイヤル式でコード付きの黒電話

カメラ:フィルムを入れて撮影し、現像が必要

正式な文章を作るときはタイプライター

ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
え、セガサターンは?

カズせん
カズせん
あるわけないやろ

 

 ティーンエイジャー時代のジョブズ

物怖じしないティーン時代のジョブズ

成長してティーンエイジャーとなったジョブズは、音楽や本、そして電子工学に夢中になっていました。

音楽はビートルズやボブ・ディラン、グレイトフルデッドといった最新のヒットチャート。

本はリア王やプラトンといった古典から、白鯨といった当時の最新作まで幅広く読んでいました。

そして電子工学の授業ではいつもダントツの1位。

 

そんな中、ジョブズは12歳で自分用の周波数測定器を作ろうとします。

ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
周波数測定器って?

カズせん
カズせん
電子信号の中のパルスが1秒間にいくつあるか数える装置

ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
ティーンが作るもんちゃうやろ

しかし、周波数測定器のいくつかの重要な部分が難しくてこの計画は頓挫しそうになります。

ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
そらそやろな

しかしそこで諦めるジョブズではありません。

 

なんと近所に住むヒューレットパッカード社の共同創業者の連絡先を見つけ、直接電話して必要な部品をもらったのです。

ジョブズ ヒューレットパッカード社の創業者に電話
ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
物怖じしなさすぎやろ

その流れで、ヒューレッドパッカード社でアルバイトするようにもなりました。

 

 

高校3年生の時、もう一人のスティーブであるスティーブ・ウォズニアックと出会う

スティーブ・ジョブズが高校3年生の時、人生の転機となる大きな出会いをします。

ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
誰?

 

Appleの共同創業者となるスティーブ・ウォズニアックとの出会いです。

スティーブ・ジョブズ スティーブ・ウォズニアック

※上記の写真は1976年のジョブズ(右)とウォズニアック(左)です。

 

ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
出た、もう一人のスティーブ

カズせん
カズせん
通称『ウォズ』

この時ジョブズは高校3年生。ウォズは4歳年上。

年の差はあれど、恐ろしいほどのテクノロジーオタクであるウォズとジョブズはすぐに意気投合します。

 

 

ウォズとジョブズ、初めてのビジネス

ジョブズとウォズの最初のビジネスは、Appleではありませんでした。

それは、1971年のブルーボックスの販売です。

ジョブズとウォズ ブルーボックスの販売

ブルーボックスとは?

電話回線をハッキングして、世界中どこにでも無料で電話をかけられるデバイス。

当時は長距離電話は非常にお金がかかったことから作られた。

もちろん違法品。

雑誌でブルーボックスの作り方を知った好奇心旺盛な2人は、世界最先端のデジタル式ブルーボックスを作っていまいます。

カズせん
カズせん
ローマ法王に電話かけたらしいよ

ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
クレイジー

ブルーボックスを売って大儲けしたジョブズとウォズ。

特に電話をかけたいけどお金がない学生たちに大繁盛しました。

 

『ウォズが開発して、ジョブズが売る』システムは、この頃から完成されていたようです。

ウォズがコンピュターを作って、ジョブズが売る

しかし、違法品は違法品。ギャングに脅されてしまい、ブルーボックスビジネスは破綻するハメに。

ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
やむなし

このブルーボックスについて、ジョブズはのちに以下のように語っています▼

 

「あの経験から学んだのは、アイデアが持つ力です。

ブルーボックスがなければ、その後のAppleも存在しなかったでしょう。

それは単に『製品を作り上げることができる』という自信を得ただけでなく、その製品が絵界に大きな影響を与えることができる、と実感できたからです」

 

 

ジョブズ、大学生活と悟りのフェーズへ

ジョブズ大学に入学するも1学期で中退し、リンゴ農家に

1972年、ジョブズはアート系の大学に興味があったのでオレゴン州にあるリード大学に入学しました。

 

しかし、わずか1学期終えたところでジョブズは大学を中退します。

ジョブズ リード大学を1学期で中退
ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
はや!

理由は大学でやりたいことが見つからなかったから。

中退した後、そのままオレゴン州のリンゴ農園で働きます。

ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
”リンゴ”農園・・?

リンゴ農園で働くうちに、ジョブズはベジタリアンとなります。

そしてなぜか「ベジタリアンは野菜しか食べないから風呂に入らなくても大丈夫」とも考えるようになりました。

ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
なんでや

 

コンピューターゲーム会社アタリで働く

オレゴンで18ヶ月の農園生活を送ったあとに実家に戻ったジョブズは、仕事を探し始めます。

そこで目をつけたのが、コンピューターゲーム会社『アタリ』。

この頃のアタリは解説やマニュアルがいらない、とてもシンプルなゲームを販売していました。

ジョブズはそのシンプルさに惹かれたのです。

ジョブズ シンプルに惹かれる
ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
当時からシンプルが好きだったのね

アタリで働くためにジョブズが取った戦略。それは・・・

 

 

 

 

会社で『面接してくれるまで帰らない』と座り込むことでした。

ジョブズ アタリの面接
ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
ナンボほど物怖じせんねん

カズせん
カズせん
世界を変えた男だからな

晴れてアタリの40番目の社員となったジョブズ。

しかし、ジョブズは滅多にシャワーを浴びず素足で勤務していたため、「臭すぎる」と他の社員からクレームの嵐。

どんなに注意されてもスタイルを変えなかったジョブズは、夜勤にまわされてしまいました。

ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
自分を曲げへんなあ

 

ジョブズ、インドへ旅立つ

ジョブズには、10代の頃から自分に問いかけていた質問があります。

それが以下の質問です▼

「今日がもし人生最後の日だとしたら今これからやろうとしていることは、僕が本当にやりたいことなのか?」

 

アタリで働いていた時のジョブズの答えは、「違う」でした。

若きジョブズの苦悩
ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
ジョブズも悩み多い若者だったんだな

そしてジョブズは決意します。

 

 

「今日が人生最後の日だと思って生きよう。いつか本当にそうなる日がくるんだから」

ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
56歳の若さでガンで亡くなったジョブズが言うと、重い

そしてジョブズは自分探し旅に出るために、インドへ旅立ちます。

ジョブズ インドへ旅立つ

ジョブズはインドでの旅の中で、

  • シンプルとは何か?
  • 『今、この瞬間』を広げるには?
  • 雑念を取り払うには?
  • なぜこの地球に自分がいるのか?
  • 心を落ち着かせるには?

といったことを自分自身と対話し探し続けました。

ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
探求者やなあ・・

 

Apple Computerの誕生

ホームコンピューターの可能性を感じるジョブズ

インドから帰ってきたジョブズは、テクノロジーと真剣に向き合うことを決心します。

そしていつか自分でビジネスを始めることを夢見て、またアタリで働くことに。

 

 

時を同じくして、もう一人のスティーブことウォズはとある構想を持っていました。

その構想こそ、ホームコンピューターです。

ウォズ ホームコンピューターの構想

当時はまだ誰も家や仕事場にコンピューターを持っていない時代。

そんな中ウォズは、家庭用コンピューターを開発しようと考えていたんです。

カズせん
カズせん
当時のコンピューターはクソ巨大で専門家であるオペレーターしか触れなかった

ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
そこに『各家庭ににコンピューターを!』って構想を出したわけか

 

しかしウォズのこのアイデアは革新的過ぎたためか、仕事場のヒューレットパッカード社では相手にされませんでした。

 

 

 

 

ジョブズを除いて!

ジョブズ ウォズのホームコンピューターの構想に賛同する
ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
ワオ!

カズせん
カズせん
ここから、伝説が始まる…!

 

 

1975年を取り巻くコンピューター事情

ウォズがホームコンピューターのアイデアを持っていた時代にも、各企業はマイクロコンピューターのキットを売り出していました。

しかし、そのどれもが、

  • 組み立て方がとても複雑で、ほとんどの人がうまく作れない
  • とにかく使い勝手が悪い
  • 見た目がダサすぎる
  • 値段が高い
  • 何のプログラムも搭載されていない

といった代物。

早い話が、テクノロジーオタクだけが使うようなニッチなものだったんです。

 

 

しかし、ジョブズとウォズの考えているホームコンピューターは違います。

簡単に使えて、デザインも良く、そしてもちろん値段も高くないコンピューター。

それこそが2人が作ろうとしたコンピューターです。

ジョブズとウォズの作りたいコンピューター
ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
全く新しいものだったんだな

 

 

『Apple Computer』の設立と『Apple1』の誕生

ジョブズとウォズの2人は、ビジネスをするにあたって社名を考える必要に迫られます。

散々悩みましたが、なかなか二人がピンとくる社名が出ません。

その時ジョブズの頭に浮かんだものは、リンゴ農園で働いていた日々。

 

 

 

「Apple Computerってのはどう?」

ここに世界を変えた企業、Apple Computerが誕生しました。

Apple Computerの誕生
ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
色々繋がっていくんだなあ

 

そして1976年。

ジョブズとウォズの2人は従来と違う全く新しいコンピューター『Apple1』の試作品を完成させます。

ジョブズとウォズ 最初のコンピューター Apple1

 

Apple1とは?

 

この時代のコンピューターはバラバラの部品で売られていて、使うためには自分で組み立てる必要があった。

組み立て難易度も高く、電子工作マニア(ホビイスト)しか手が出せない組み立てキット。

しかしApple1は完全に組み立て上がった完成品だった。

基本的なソフトウェアをROMに格納され、家庭用テレビをディスプレイとし、買ったその日から使える世界初のパーソナル・コンピューターがAplle1。

カスタマイズしやすいように木の箱に入っていました。

 

 

Apple1、ついにビジネスとなる

ジョブズとウォズの2人は、Apple1を売り込むため『ホーム・ブリュー・コンピューター・クラブ』に乗り込みます。

 

ホーム・ブリュー・コンピューター・クラブとは?

 

シリコンバレーで結成された、コンピューターを趣味とする人々の団体。

当時は今と違ってネットも情報誌もほとんどない時代。

コンピューターの情報に飢えていた人々はこぞって参加していた。

しかし、結果は惨敗。

当時は『アルテア』というコンピューターが大人気で、そこの独壇場だったのです。

ジョブズとウォズのApple1 ホームぶリューコンピュータークラブで散々な結果に
ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
残念やなあ

意気消沈する二人の前に現れたのが、地元のコンピューターショップのオーナー『ポール・テレル』。

この時点では少しの興味しか持たなかったポールの店へ、ジョブズは早速次の日乗り込みます。

ツッコミウルフ
ツッコミウルフ
さすが物怖じしない男

 

そしてポールからApple1を50台受注することに成功したんです!

Apple1 受注成功!

ついにApple Computerとしての最初のビジネスが始まったのでした。

カズせん
カズせん
ここから、ジョブズとウォズの快進撃が始まります!

 

第2回【Appleを追い出されるジョブズ】は後日発信します。

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ABOUT ME
カズせん
元コメディアンブロガー&WEBライター。偉人たちの知恵や仕事術や習慣を現代のツールと組み合わせて次世代のHACKを作り出すことに精を出す20代。
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